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シネマ歌舞伎「天守物語」を観て来ました

Category: 映画感想   Tags: 泉鏡花  天守物語  シネマ歌舞伎  


シネマ歌舞伎「天守物語」を観て来ました
これをカウントしてもいいものか分かりませんが、
初めての歌舞伎です。


シネマ歌舞伎というので
ゲキシネとかLiveSpireのようなものだろうな と思って観始めたところ、

お芝居の前に
イントロダクションといえばよいのか、
泉鏡花作品についてのインタビューが挿入されていて
ちょっと驚きました。


けど、
そこからの
天守物語スタートの「画」が
すごく素敵で、

きっと
突然あの「画」が出てくるよりも
ワンクッションあっての「画」だったことが
より心に入ってきたような気がします。





天守物語で一番好きなのは
もうダントツで亀姫様なのですが、

坂東玉三郎さんの富姫様は
お美しくって、お美しくって
完全に今回は富姫様に心奪われてしまいました。


そして市川海老蔵さんの図書之助の涼やかなお美しさが
また素敵。


図書之助は
身分の低さから、傅くことが身についていながらも
その真っ直ぐな心がとても魅力的。

亀姫様についで大好きな人物です。


海老蔵さんの図書之助は更に爽やかな「言葉」がとてもきれい。




天守物語の世界は、
お空の上にある
人の世とは似ているようで違った世界。


なんとなくの違和感が魅力。。。
だと思っていたのですが、


今回のシネマ歌舞伎の天守物語は
そこにすうううっと入っていってしまって、
違和感なく、
自分も天守閣にいるような気持でみていたように思います。


だけど、それでもやっぱり魅力的な世界です。




「画」もそうですけれど
「言葉」が本当にきれいでした。


一番、それを感じたのは、
最後、富姫様が目が見えなくなってしまって
『めくら』になってしまった という場面。

今は、差別用語と言われ、使わないようにという風潮にある言葉ですが、
もともとは、直接的に『目が見えない』というのは失礼であるからと
配慮して生まれた言葉。

だけど、それを使う人たちが差別的な意味をもって使ってきたことで
悲しいイメージがついたことばになってしまいました。


でも、富姫様の口から出てきた言葉は
とてもきれいだった。


上品な言い回しとして使われているように感じて、、


泉鏡花の作品は言葉がとてもきれいだ と言った
坂東玉三郎さんだからこその表現なのかもしれません。



これを別の言葉に置き換えたら
あの富姫様の気高いお美しさが損なわれてしまう気がしました。



素敵な姫様でした。








気持ち的に最大の山場は
図書之助が三度天守閣に上がってくるところ。


富姫様に殺してほしいと懇願する彼に
涙がぶわっとあふれてきました。




真っ直ぐな彼の気持ちが
突き刺さります。





図書之助と富姫様は
明るい世界でその後、どうなっていくのか。。




決着のつかないラストでありながら
とても説得力を持った終わり方となっているところが
泉鏡花の魅力のひとつですね。




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