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極上文學「ドグラマグラ」7月公演を観て来ました

Category: 観劇感想   Tags: 極上文學  ドグラマグラ  植田圭輔  桑野晃輔  松本寛也  Kimeru  ブラザートム  小野賢章  

極上文學「ドグラ・マグラ」
 7月12日昼の「マ」Ver 夜の「グ」Verを観て来ました
 


以下感想は
ネタバレ注意でお願いいたします。
ドグマグ後半戦。


紀伊国屋ホールでは転から始まる「ラVer」と
起から始まる「ドVer」を観ていたので

紀伊国屋サザンシアターでは
結から始まる「マVer」と
承から始まる「グVer」。



観る前は、
初回に観るのはやっぱり起承転結の『ド』がいいなと思っていたけど
(でもスケジュールとすり合わせて4バージョン観る方を優先した)

実際に観終わって思ったのは
『ラ』が一番で良かったかも。



まあ初回というのは一度しか味わえないから
違うバージョンが最初だったらまたそれが良かったと思ったかもしれないし

同じバージョンでも違うキャストの日だったら
また違う気持ちだとは思うけれど


『ラ』を観た直後は
転から始まるのが初回ってちょっとヘビーだったかもと思っていて
6月公演の感想にはそう書いたけど


でももしも『ド』が最初だったら

そのストーリーを頭の中で再構築しながら、
自分今どこにいるんだろうというのを起承転結で確認しながらたぶん観ちゃって


せっかくのウロボロス構造でのぐるぐる回る構成に入り込めなかったかもなーと思えた。



じゃあなんで『ラ』で良かったかというと
7月公演で『マ』と『グ』観て、


結から始まる『マ』が一番気が狂いそうで

承から始まる『グ』が一番訳が分からなかったから。


ただ、まあドグマグって気が狂いそうになるのが読後感として正解(?)な気がするし
訳が分からないのが正しい(?))気がするので
よりドグマグっぽさを味わえる回とも言えるかも^-^;



『マ』は結から始まるので
一応ミステリなわけだから
なんというかネタバレからスタートなんだよなあという気持ちで観始めたのだけど

ネタバレというよりも
バレてもそもそもなんのことか分からないからそれよりも
青年がまた部屋に戻って、次の起は二周目、結の続き。その意識の方が強かった。

だからこそ
その先の起承転が全部彼の観ている幻のような心持ちで観て、

すごくすごく不思議な体験で
実際には3度目の観劇なわけで、
キャストが変わっているとはいえ、
そして順序が変わっているとはいえ、
同じものを観ているはずなのに、

一度目の『ラ』、二度目の『ド』の時は
この先彼の悪夢はどこまで続くのだろうという気持ち、つまり
最初の一回の体験という意識で観ているのに

『マ』では
結の次の起承転はその後の彼の幻想という意識で観てた。



考えてみれば
こういう構造って
エリザベートとかも同じで
 墓場から死人たちが起き上がってきて
 当時を再現してまた墓に戻っていく
から、観劇リピートした時に
永遠に続くものを観ている感があって、
 同じものをまた観ている気がしないというか
 続いている感覚があって

だけどドグマグはウロボロス構造のせいで
結まで観て、リピートするときは起から、とは限らないというか
ほぼ違うわけだから、観劇リピートした時の続き感がないの。


たぶんだけど普通に全部が『ド』だったら
二回目に観る時は、一回目の続きな気持ちで観たんじゃないかと思うのだけど

ウロボロス構造のせいで、一回ずつの公演が感覚的に独立していて
だけどその分、一回の『マ』だけで終わりのない気持ちにどっぷりとはまり込んだ感じ。


 うん。我ながら伝わらない感想だ。
 
 だけどそんなぐるぐるした気持ちになるのがドグマグなのだと思おう←


そんなすべてが幻で、
それはどこまで続くのかとじりじりして
その先に永遠が続くのかそれともすぐに終わりが来るのか
言いようのない不安と恐怖を感じて
『マ』は精神的に一番きつかった。


ただ、その恐怖の理由は
構造的なものからくる怖さが大半だったと思うけど
桑野くんのモヨ子から
女のぞっとする恐さを感じて、


このせいもあったかも。




6月公演のモヨコは二回とも植田モヨ子だったので
桑野モヨ子は初見。


植田モヨ子は少女だったけど
桑野モヨ子は女だった。


お兄様を思う気持ちも
植田モヨ子はただただ一途で切なくなったけど
桑野モヨ子には執着を感じてちょっと恐ろしくなった。



それを初めて観たことも
ちょっとは一番気が狂いそうと思った一因かも。。





『グ』は承からはじまるので
何も分からないところからいきなり物語が進展していく構造なんですよね。


観る前はいきなり物語が転じる方が分からないだろうと思っていたけど
実際には転からはじまる『ラ』は
物語が転じて過去の中国に話が飛ぶところからスタートするから
分からないなりにも時系列的には一番最初のところからのスタート ともいえて
がんばってついて行こうと、何が起こったのか考えながら
物語を追っていく楽しさもあったけど、

『グ』は、もうなんかなすすべもなく分からない感じ。


ただ、共通オープニングからの流れは一番きれいだった。
その入り方。終わりへの続き方はすごくきれいだなあと思った。



ところでこの4回目の観劇の時
「結」で登場する呉青秀が
面を外すと正木博士だと今まで思っていたら
若林教授でびっくりした。


私が観た3回目前では正木博士だったと思うけど
たまたまで、どちらのバージョンもあるの!?


ん。でも3回目は絶対正木博士だったけど
1回目と2回目はどうだったかな
少し前のことだから改めて思い出そうとすると
違ったような気もしてきて自信がない。。


だけどここで若林教授が登場したことで
また(私の中に出来ていた)世界が混沌としていって

この印象も踏まえてもう一回観たい!と思わせられた。

しかも最後にみた青年I小野くんが
ものすごく予想外で、


6月公演で観た青年I、廣瀬くんと玉城くん

そして3回目で観た植田くんの青年I。

植田くんの青年Iは
植田モヨ子に抱いた印象とあまり変わらず
とても無邪気で可愛くて、
無邪気に無邪気に前に進んでいく。


この3人の青年Iで
もうこの他にどんな青年Iがあるのか
もう出尽くしたんじゃないの?
その誰かと似た感じになるんじゃないの?という気持ちだったの。


そこにまったく予想外の爆弾を落とされた気分。

オープニングの登場から
まったくそれまでの青年Iと異質で
私なんかの想像力では思いもよらない青年Iに呆気にとられた。



キチガイとして扱われている箇所は
コミカルに振れ過ぎじゃないかと思うくらいの動き方と表情だけど
全体を通しては、どの青年Iよりも、というかどの人物よりも
賢そうな話し方で、

その間にはすごいギャップを感じるのに
突然キャラが変わったと思うようなところはまったくなく
それだけの振り幅なのに
振れたというのをまったく感じさせなくて

すごく観たりないというか
もっとこの青年Iを観たいと思って

うん、だからこの訳のわからない『グ』以外で観たら
きっと印象がまた変わるんじゃないかなあと
切々と思った。






若林教授は6月公演で二人とも観ているので
7月公演は正木博士がトムさんに変わって
対立関係がどんな風に観えるのかなーと思っていたのだけど、


二人とも6月とは印象が変わっていて
びっくり。



松本くんの若林教授は
前回観劇時よりも存在に軽さがなくなった気がした。

これはトムさんの存在との対比なのかな。

それとも回を重ねて変化したのか。


または私の受け取り方が変わっただけなのか。




ブラザートムさんの正木博士は
とにかく声が良すぎ。

すごくめちゃくちゃなのに
とても引き込まれてしまう恐ろしい人。

ものすごい存在感なのにはかない感じもして
 バージョンのせいもあったのかな。


とても捉えどころがない人物でした。



で、Kimeruの若林教授は
前回は悪役に作りすぎじゃないかなと感じたけど

今回は
若林教授は正木先生が犯人だと知って、
研究者としての尊敬の念を抱きながら、
しかしそれを暴くことになるという過程を
そのキャラクターによって包んで隠しているように感じた。




複数観劇すると印象は変わるものだし、
組み合わせが変わればもちろん変わるし、

でもそれに加えて
ストーリーの順番まで変わるから

何が印象を変えた原因なのか
まあ、その全部といえばそうなんだろうけど


印象が変わっていくことも
ストーリーがよく分からないことも

色々なことがすごい体験だったなあと思う。










舞台美術もすごく素敵だった。

中央の盆の使い方がすごく素敵で
階段状になった円が回っていくことで
色々な見え方になるのがすごく好き。素敵。




正木博士の居室のビジュアルもものすごく素敵で
本が階段状に積み上げられているのは
堪らない。


階段大好きで、本大好きな私のポイントつきまくり。
ときめいたなあ。










Kの昇天の時は
あの短い話をどうやって?と思っていたら
他の話もKの昇天の中に編み込んで、再構築していたけれど

ドグマグは
あの長い話をどうやって?と
今度は逆の疑問。

とはいえ、長いものを舞台で出来る長さにするわけだから
どこかはしょって短くするんだろうなとはもちろん分かっているよね。



でも、はしょったというよりは
思い切って切り捨てたなーという部分はいっぱいあるけど
そうやって捨てるところと残すところを選んで
更に再構築していて、

だから疑問が残るところもあるけれど
ドグマグの世界観はしっかりと残して、
だけどまったく新しい世界観でもあって、

この作りは凄い。

舞台は舞台として新たな魅力を作り出していて、
だけどそれは小説とは違う魅力で、どちらもそれぞれ楽しめて。



原作ファンを意識する というよりも、
これを観て原作に興味を持ってもらいたい。


そんな意識がとてもとても素敵。


そして、極上文學さん。
Kの昇天と作り上げていく世界は同じ方向なのに
出演者も違うし、
だけど劇団っぽいというか、しっかりとした「色」があって
そんなところもちょっと不思議な気分になった。




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テーマ: 舞台・ミュージカル | ジャンル: アイドル・芸能

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