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ミュージカル「モーツァルト!」井上×平野を観て来ました

Category: 観劇感想   Tags: モーツァルト  井上芳雄  平野綾  市村正親  

ミュージカル「モーツァルト!」
 11月27日昼公演を観て来ました。


ヴォルフガング 井上芳雄
コンスタンツェ 平野綾
男爵夫人 香寿たつき
アマデ 内田未来
改めて
「父と子」の物語なのだなと思った。



井上ヴォルフガングについて、
なんて表現したらいいのか良い言葉が見つからない。

とにかく、一人の人生を目の前で駆けぬけていった印象。



あまりにも生命の強さが溢れていた。



そして、今回ものすごく
ヴォルフガングとアマデの同一性を感じた。





今までずっと
アマデはヴォルフガングの中に音楽の才能の象徴と思ってみていたけれど

アマデもやっぱりヴォルフガングなのだな と感じた場面がたくさんあった。





今回一番予想外だったのは
星金でだだ泣きしました。。


ウィーンに行くことをレオポルトに認めて欲しいヴォルフガングと
音楽のためにウィーンに行きたいアマデ…と思っていたのだけれど

アマデもレオポルトに認めて欲しいと願うかのように見つめている姿に
やっぱりアマデはヴォフルガング自身なのだな と思って



そしてそれでも行かせたくないレオポルトの気持ちもひしひしと感じて
ぶわーっと溢れました。。




そもそもよくよく考えてみたら
この馬鹿息子は一度やらかして母親まで死なせてしまっているんですよね。

そんな前科があって、
今度は上手くいくなんて信じられるはずがない。



母親の死の場面。

あの時のヴォルフガングには心から腹立たしかった。
観ているだけでこれだけムカつくのだから
レオポルトの苛立ちはどれほどかと思ったらちょっと絶望すら感じた。


その直後の「残酷な人生」

「残酷な人生~」って、いや もうそれお前がダメ過ぎなんだろーって
今までそんな風に思ったことなかったのに
この日はホントに腹立たしかった。




だからこそ
今度はウィーンに行きたいって認められるかーっていうレオポルトの気持ちと
ウィーンに希望を感じているヴォルフガングとアマデの気持ちが
ぐるぐると混ざり合って涙があふれた。







コロレドと決別した直後のヴォルフガングは
これで自由だ!ここから始まりだ!さあ行こう!って
浮き浮きしたような前向きな事を言うけれど
アマデはそこから動こうとしない。

まるでこれからの音楽活動への不安がのしかかっているかのようにみえて

ヴォルフガングとアマデは外側と内側なんだなと感じた。





アマデは自信に溢れたプライドの高い子供で、
それは子供の頃のヴォルフガングであり、
もう一人のヴォルフガングであり、
理想のヴォルフガングなのかもしれない。






演奏会が終わった後の場面。
アマデに握手を求めるヴォルフガング。
だけどアマデはまっすぐにレオポルトを見つめている。

やっぱりアマデはヴォルフガング自身であり
彼もレオポルトの息子なのだな と思える場面。





アマデが「才能」という意味合いだけでなく、
もう一人のヴォルフガングなのだなと感じたのは
コンスタンツェに対しても。




ヴォルフガングが出かけた後の家に帰ってくるコンスタンツェを
アマデだけが見つめている。


これはやっぱり
ヴォルフガングはコンスタンツェの寂しさに気付いていないように見えるけれど
どこかで気付いているということなのかな。





ヴォルフガングの傍らで曲をかきつづけるアマデというのは
才能が彼に曲を書かせたがっている というよりも

いつでもヴォルフガングの中では音楽が生まれ続けている
ということなのかも。

コンステンツェといる時も、
友人といる時も、
父親の死の知らせを受けた時も。





「お前がパパを殺したんだ」
アマデが殺した というのは
それはそのまま自分が殺したんだと
彼自身に突き刺さる。

アマデへの憎しみは
そのまま自分自身を攻め続けているようにみえて
辛かった。





ヴォルフガングの最期の場面で
自分の腕にペンを突き立てるヴォルフガングを観て、

一幕終わりでアマデに腕を刺される場面があるけれど
ここでは自身で突き立てる。


ああやっぱりヴォルフガングとアマデは一人なのだなと思えた。





今回、父と息子 というところに気持ちが行き過ぎていたので
あまりコンスタンツェには感情が入らなかったのだけど、

彼女は幼い頃から絶望の中で生きていて、
ヴォルフガングは初めてで唯一の光だったのかも。


だけどその光も絶望に埋もれていく。


その後のコンスタンツェは
まるで絶望の中で生きていくことを決めたように感じた。




平野コンスタンツェは
歌披露の「ダンスはやめられない」聴いて
そのあまりの暗さに

私このコンスタンツェ観れるだろうか、、と
実は心配していたのですが、

思っていたほど重苦しくはなくて安心しました。


けれどやっぱり平野コンスタンツェの底には絶望があって
だから「ダンスはやめられない」はホントに苦しくて痛かった。


自分を痛め続けているみたいだった。



「その時だけ幸せになる」って
絶対少しも幸せを感じてないだろうに。


それでもそう言う彼女が辛かった。



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