日本のゲーム機

スポンサーサイト

Category: スポンサー広告   Tags: ---

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ミュージカル「エリザベート」8月公演を観て来ました

Category: 観劇感想   Tags: エリザベート  山崎育三郎  城田優  

ミュージカル「エリザベート」
 8月18日昼公演を観てきました。


今回感想ちょっと妄想入った感じになってるかもです。


エリザベート
公演する度、何回も観に行ってるけど

こんな風に見えたのは初めて。



これはね。

別バージョンとかじゃなくて
もはや別の物語というくらいの気持ち。


これは育っくんが意識的に作り上げたのか
それともまったく関係なく私が思い込みで観えたのか分からないんだけど
どっちにしても山崎育三郎おそるべし。。



山崎ルキーニは今回が初で、
どんな感じなのか全然予想が出来なかったので
すごく楽しみにしてました。





ルキーニが登場して、
その話し方がなんだか言い訳口調で


ってか、それは言い訳する場面だからそりゃそうなんだけど


なんというのか。。

とても小さい男というか。

皇后暗殺という重罪に完全に耐えられなくなったようで、

そして攻められることに耐え切れず、
それを必死で正当化しようとしているようで、


言い訳している内に
自分自身それが事実であると思い込めてしまうような
どうしようもない男。


死後に『裁判長』に向かって話しているという場面だけど、

もしかしたら
そのつもりなのはルキーニだけで

本当はルキーニは生きていて
取り調べを連日受けているうちに狂ってしまったのでは。。。



『裁判長』殿って声だけだから、
この今観ているものはルキーニのインナーワールドで
声はこの世界の外からのもの。

観ていたら突然そんな風に感じて、

そしたらもうずっとそんな風にしか観えなくて。


その先の物語は全部ルキーニの想像妄想。



それだけのことを思いつけるだけエリザベートのことを調べて、
そしてトートを作り上げた。


トートはインナーワールドでのルキーニ自身。

だから
トートの愛はルキーニの愛。


そして
この世界の中でエリザベートに向けられる愛は
ルキーニの心の中なのだから
フランツの愛もルキーニの愛でもある。


きっと
どこかでエリザベートを目にして、
そして一目観て心を奪われた。



もう完全にこんな目線で観てたから
トートがルキーニに思えちゃって、
トートなのに私的にはルキーニ認識でもあって、
そこに本物の(?)ルキーニが出てきて
あれ、ルキーニ二人になったとマジで思ったところが二度ほど。。。



でもこう思って観てるとルドルフとトートの関係性がなあ
などと幕間に思ってたんだけど
いざ観てみると、


エリザベートを愛していたルキーニは
きっとフランツを憎んでいて、

そしてフランツと対立していたルドルフには
だからこそむしろ好意を抱いたのかも、
しかもこのころエリザベートは家出中でいなかったから

その分ルドルフに気持ちが向かって
(好意というよりも興味)


そしてルドルフは死んでしまう。

この時、死=トートというものの原型がルキーニの中に生まれたのかも。



ここまででエリザベートのことを思っていたけど
たぶんトートという概念はルキーニの中にはなかったわけで、
だけど、エリザベートの死後に
ルキーニの妄想の中にトートが現れたきっかけになったのは
ルドルフの死。



このルドルフに訪れた死が
エリザベート暗殺というものに向かうきっかけでもあったのかも。


といっても
ルキーニもエリザベートを殺そうと思っていたわけではなくって、
本当に別の人物の暗殺を目論んでいて、
でも出来なくて、

そんな時エリザベートがお忍びできているという新聞記事を読んで
一目見たくて近づいた。


だけど
気がついたら殺してた。



『標的は誰でも良かった』なんてルキーニは言うけれど
好きだったから、
初めて近づくことが出来て、
離れたくなかったから思わず刺した。

でもそんなことは言わない。
彼女だから刺したけど
誰でも良かったとうそぶく。




皇后を殺した重荷故に
そして大好きな女性がこの世にいなくなってしまったが故に
ルキーニは壊れてしまった。


でも彼は彼のインナーワールドで
永久に彼女とともに生きる。








トートはルキーニの言い訳的な役割もあるなと思っていたし、
ルキーニが物語の語り部でもあるし、

だからルキーニから観た物語なんだという認識はあったし、
トートも
エリザベートの死であり、ルドルフの死であり、そしてルキーニの死でもあるということを考えたりもしたけど

こんな風に観えたことは今までなかった。


たぶん先日観た佐々木蔵之介さんの「マクベス」の影響もあると思うし、
もちろん育ルキの作り上げ方もあるし、
更にいうと、これルキーニの妄想じゃないのか、と感じ始めた途端に登場する現実感皆無の城田トートの影響もあると思う。

だから組み合わせが違ったら
こうは見えなかったかもと思うとそれも感じてみたかったなと思うし、

あと、こういう視点でも観れるのかという私的新視点で
敢えてその目線で他の組み合わせも観てみたらそう観えるのかなとか、

まだまだまだまだ観たい気持ちが満載ですが、
残念ながら今年の私のエリザベートおしまいです。



育ルキは2回目も同じように感じるか観たかったし、
初回観劇も田代フランツの歌でその日の観劇の印象全部が決まった感じで観てしまったので
別日でも同じようにフランツを感じるのか、その日たまたまそんな風に感じただけなのかとか

希望の半数の回数しかチケット取れなかったから
もっと観れないのが残念な気持ちもあるけれど
また新しいエリザベートを味わえて、今はとても幸せ。

関連記事

テーマ: 舞台・ミュージカル | ジャンル: アイドル・芸能

ミュージカル「李香蘭」を観て来ました | Home | 佐々木重直ご出演*ミュージカル「李香蘭」

コメント

コメントの投稿


非公開コメント

このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。