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ミュージカル「1789」を観てきました

Category: 観劇感想   Tags: 1789  加藤和樹  小池徹平  夢咲ねね  神田沙也加  花總まり  凰稀かなめ  ソニン  渡辺大輔  

「1789 バスティーユの恋人たち」
5月3日ソワレと4日マチネを観てきました。

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昨年から
急にフランス革命に興味が湧いて

色々読んだり観たりするようになって。



だから1789も絶対観たい!と楽しみにしてました。


特にビジュアル観た両主演のイメージが
あまりにも離れていたので
どうなるんだろうというワクワク感もあって

スケジュールの都合とチケット状況で
お二人ともは観れないか?と思ったりもしたけど
なんとか観ることが出来ました。


最初の観劇は加藤ロナン、夢咲オランプ、花總マリー回


物語がどんどん進んでいって
一幕はついていくのがやっとで
頭が整理出来ず いっぱいいっぱい。


事前に1789の記事とかほぼ見ていなかったせいかもだけど
革命家3人が思っていたのと色々違ってて
その脳内補正をしている内に
ロナンの立ち位置が急速に動いていってしまって
ついていけなかった感じ。



ロナンの作品上での位置づけも座りが悪く思えて
心の整理を常にしながら観てしまいました。


なので二回目の観劇は
これがフランス革命だということは一旦忘れて
素直に舞台を観ようと思って劇場に向かいました。


二回目は小池ロナン、神田オランプ、凰稀マリー


素直に、と心を改めた効果もあったと思いますが
小池ロナンがとても良かった!


ロナンの作品上での位置づけの座りが悪く思えたのは
民衆とロナンとの関係性の問題で

一応ロナンが主演ではあるんだけど
フランス革命の主役はやっぱり民衆で、
つまりアンサンブル全体が主演に当たると思うし
そうあって欲しいと思ってしまう。


特定の人物に焦点を当てた物語ならばともかく
農民であるロナンが主演ということは
やっぱり民衆が中心の物語なのだと思うし。



小池ロナンはアンサンブルとの馴染みも良くて
民衆が主役でロナンはその窓口(というか代弁者というか代表者)。

彼を通して民衆全体を感じることが出来ました。



加藤ロナンは長身のせいもあり
目を引きすぎてしまって、
アンサンブルに埋もれてしまうことがなかったので
彼を中心に観てフランス革命を感じるという作りなのかもです。

とはいえロナンを突出させた存在として描くのも違うし
埋もれすぎず、出すぎずで難しい



私の好みは小池ロナンバージョンだけど
加藤ロナンバージョンのが観やすいのかもしれないですね。


加藤ロナン観た時は
ストーリーに振り回された感が強いので
もう一度彼中心にストーリーを追ったら
見え方が変わりそう。




ビジュアルで最初に観た時と
実際に舞台で観た2人のロナンは
イメージが逆転しました。



小池ロナンは厚顔不遜な感じで
加藤ロナンは少し弱気。


小池ロナンは何も知らなかった子供が
仲間に色々教えて貰って大人ぶってる風にも見える。


加藤ロナンは知らないことを知って自信をつけて
でも自信を持ちきれてない部分が見える感じ。




オランプは
ねねちゃんは真面目な印象で
沙也加ちゃんは強い印象。




花總さんのマリーアントワネットは
可愛くて可愛くて可愛くて。
お姫様です。うっとり。


凰稀さんのマリーは
少女の印象。
最後には少女が大人になる。


お二人ともとても素敵でしたー。
この華やかなお二人観れて幸せなので
フランス革命の舞台の中でマリーの割合大きすぎないだろうか とか
もういいよそんなこと と思わせてくれる可愛らしさ。


この舞台上ではそこまで描かれていないけれど
ちょいちょい登場するギロチンは
マリーアントワネットがこの後このギロチンで処刑されることを思わせる。

のだけど
マリーが良い人っぽくなってしまうので
革命の勝利の喜びよりも
悲愴な気持ちになってしまう。


だけでなく
マリーを敵だと思えないつくりのために
登場している革命家たちも
その後ギロチンで処刑されることも同時に思わせられて


そして誰もいなくなるのか
という怖さも一緒に感じてしまいました。


マリーが改心さえしなければ
ギロチンが処刑を暗喩していても
それはマリーの未来にしか意識は向かわず

革命の勝利をもっと純粋に味わえた気がしました。









フランス革命の舞台で一番感じたいのは
やっぱり民衆のパワー。

民衆の力強さと恐ろしさが感じられて
ダンスは熱くて感動的。


ソニンちゃんの存在がとても熱かった。


ソニンのソレーヌと民衆の関係性は私の中では理想的な素晴らしさ。


民衆の一人としてしっかりと馴染んでいて
彼女の声は全体の声として聞こえる。

それでいてロナンの妹としてだったり
一人の女性としてもしっかりと魅せてくれました。






革命家3人はスパイスかな。


革命家中心にならなかったところも
嬉しく楽しかったです。




ただデムーランの描かれ方はちょっと疑問過多。
一番分からないのは
国民議会の場面
「俺たちがここにいるのは国民の意思だ」と言うのがデムーランなんだけど
彼、議員じゃない、、よね?


君がここにいるのは君の意思であって
いや彼も国民の一人だから国民の意思と言えなくもないとも言えるかもだけど
いやそれは流石に屁理屈か。とかぐるぐる考えてしまいました。


ここに民衆がたくさんいるのは
議員とともに民衆も集まっているからなんだろうな とは思うものの
このセリフは議員さんが言わないとおかしくないですかね?


ここが一番気になってるところなんだけど

デムーランのキャラ掴むのはなかなか難しくって


ロナンへの態度をみると
自分は下々にも分け隔てなくしているぞというのを
自分では心からしていると思っているけど
その実してやってる自分でいたいのだと思える。

格差を意識しているが故に
それを意識していない自分で在りたい。


となると
下だけでなく上へのコンプレックスも
絶対ばりばりにあるだろうに
ロベスピエールへ純粋な賛辞を送ってるように見えるのが違和感。


でもあのシーンでコンプレックスが見えたら
展開に支障が出ると思うから
そうなるのは仕方ないし。。


ちょっとずつ色んな歪がデムーランに集まっちゃったようで
ちょっと可哀想に思えました。




フランスでの上演であれば
フランス革命について概略をなぞられるくらいで
しっかり描かなくても観客は分かっているから問題ない、というか
それよりも時代の勢いを描いたのかなと思うけど

日本上演だともうちょっと説明入れないと伝わらないし
かといって入れすぎると舞台の流れが崩れるかもだし

色々難しいのだろうなと
日本とフランスの文化とか国民性とか色々な事を考えた舞台でした。
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