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ミュージカル「フランケンシュタイン」柿澤×小西を観てきました

Category: 観劇感想   Tags: フランケンシュタイン  柿澤勇人  小西遼生  

ミュージカル「フランケンシュタイン」
 2月17日名古屋昼公演を観てきました。


フランケンシュタイン昼


当初は全キャスト観る予定で
2回観劇予定でしたが

1月に中川×小西観て
全組み合わせ観たいなと思ってしまって
急遽2回増やしましたw


おかげで
最初に素晴らしい舞台を見せてくれたお二人それぞれの
一足早い千秋楽にも立ち会えてとても幸せです。



以下
ネタバレ感想です。




さて、
東京で観てから大阪、福岡と待って
ようやく会えました柿澤ビクター!


柿澤ビクターは
絶望の中で真っ直ぐに立ち続けているようで
強烈な吸引力と魅力。




中川ビクターは白かったの。

母の死を受け入れられず
悲しみを否定することで真っ白でいた。


だけど柿澤ビクターは黒い。
死というものに対する絶望
だけど倒れずに立ち続ける強さ。



このまったく違うビクターは
二幕の私の印象を一新させた。



二幕でのビクターは抜け殻だった。

絶望の中で生命を創造してみせると信じることで立ち続けてきたビクターが
創造することにすら絶望して
あとは愛にすがって生き永らえているだけ。


二幕にこんなビクターが待っているとは思ってなくて
観た瞬間に衝撃を受けて

そして怪物が去ったあとのビクターの心境を
フルスピードで想像した。



そうか
彼にはもう何もないんだ。と分かって
急速に辛くなった。




そこに現れた怪物。
言葉を話し
高度な知能がある。


ビクターは確かに生命を創造したのだ。
しかも怪物は自分を創造主と呼ぶ。




怪物がビクターを創造主とあえて呼ぶのは
それが自分と世界のただひとつの接点だからかな?




前回中川×小西で観た時は
エレンの死に対するビクターを見て、

後悔していても愛する者の死を受け止められず
また同じことをしてしまうのだなと
まさに怪物が評するのと同じように思っていたけれど


(動くだけで知能のない)失敗と思っていたものが
(言葉を操り人間のような)生命として目の前に現れた後なのだ。

アンリは人間にしていかなければいけない過程で間違えた。
だから今度は正しく導けばいい。


ビクターはそう思ったのかも。






ビクターが変わったからなのか分からないけれど
死に逝くアンリの印象も変化した。


中川×小西の時は
アンリは死に場所探してただけじゃん。
やっと死に場所見つけてしかもそれをビクターに捧げることを喜んでるんじゃん。って思ったけれど

柿澤×小西で観たアンリは
死ぬことでビクターの研究の中で生きていこうとしているよう。




そしてそれに対するビクターは
アンリが死刑 - 死んでしまうことは受け入れられないけれど
死んでしまう(もうそれで終わり)と思うことは
生命を作れないと認めることになる。

その間で苦しんでいたのかな。





断頭台に登るアンリ。

ここでアンリの出番は終了と分かっていることに加え、
今回で遼生くんラストなことも相まって
これでアンリとお別れという悲壮感がハンパなかったです。








柿澤ジャックは強烈と聞いてはいたけれど

予想もしてない方向に強烈だった。


ご当地ネタやってあんなに滑ってるの始めて見た w



けどそれも演出のひとつにも思えるし、、、
もう一回ラスト観るのが楽しみです。







リトルビクターが前回と同じ難波くんで

彼が成長する先に二人のビクターがいるのだなと感じられたのは
人には色々な可能性がある という思いに繋がりました。

それはメインキャストが対照的な二役をやっていることにも通じてますね。



リトルジュリアは今回はさくらちゃん。

光ちゃんはふんわりした雰囲気で
可愛い子供という印象だったけど

さくらちゃんはちょっと強気な
子供というよりは少女という印象。



ジュリアは逆に
どちらのジュリアも
このジュリアになるんだなって。





世界の分岐と接点。
変わりゆく世界と変わらない世界と

色々なものが繋がったり別れたりしていく。


物語以上に
色々なものを感じさせてくれます。






最後に現れる少年
この子がリトルビクターと二役だから


少年に語りかけているけれど
それはそのまま小さいビクターに話しかけているようでもあって
辛い







ジャックがビクターの所業を嘲笑うのも
気づかない自嘲とも感じるし、苦しくなる。









ビクターは怪物がいなくなってしまったらもう何もない。
殺したくて殺されたい。



アンリが創造主に殺されようとしたのは
復讐かそれとも自己否定か。






怪物がビクターを創造主と呼ぶのは
俺のような怪物を作り出したのだという呪いのようでもあり
俺を作り出したのだという愛のようにも感じる。




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