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ミュージカル「フランケンシュタイン」千秋楽を観てきました

Category: 観劇感想   Tags: フランケンシュタイン  柿澤勇人  加藤和樹  音月桂  鈴木壮麻  

ミュージカル「フランケンシュタイン」
 2月18日名古屋千秋楽を観てきました。

フランケンシュタイン千秋楽



演者の表情もよく観える
前方下手側のお席。


名古屋初日はバルコニー席で
上からの景色も楽しめたし
フランケンシュタイン運
とても良かった。



以下
ネタバレ感想です。


4回目の観劇。
ここまでは全体の空気とかを感じてばかりだったけれど
最後に一曲一曲をしっかりと楽しんできました。


 まあ私が観劇する一番の理由は
 劇場の空気が好きだから
 世界が作られているのを感じたいからだから
 空気をどっぷり感じられて幸せでした。

 でも曲もとても素敵で
 今日も頭の中で回ってます。



加藤アンリの「けれど君は」
本当にアンリは太陽に出会ったんだな。と

それまでの観劇でもそう感じてはいたけれど
表情が初めて観えたからというのもあったかもだけど
とても幸福を感じて心に沁みました。






そしてジュリアの「独り言」

切ない


たぶんこれまで私
この歌をぼんやり聞いてたように思いました。


ステファン邸にビクターが戻ってきて
初回は人物相関とかも分からないから全体像を把握しようとしてた場面だし
その後もビクターの振舞いとかアンリの戸惑いの方に注意がいってたから。


でもリピートしているから
ジュリアとビクターの幼いころの別れの場面も思い出せる訳で。

それを思い出すと

ジュリア
子供の頃に別れてから
戻るかどうかもわからないビクターを思い続けたのだな。と。


戻ってくることを知ってどれだけ嬉しかったろうって
それなのにこんなにビクターに冷たくされて
だけどビクターとの再会が嬉しくて。

もうもうもう
だだ泣きでした。



なので
アンリが逮捕されて
ビクターと話をしにきた時

ビクターが自分を気遣って冷たく振る舞っていたんだと分かった時
ジュリア嬉しいだろうなと
でもすごく大変な状況で、
でも嬉しいだろうなと思って またもう泣けて仕方なかった。








アンリは
エレンからビクターの過去を聞いて
太陽はもう一人の自分だったのだと気づく。




だからビクターの代わりに死ぬことは自分を助けること。

ものすごいビクターへの自己同一視を感じた。

優れた方の自分を残そうとしているだけのような。



観ている時の自分の心境とか
観ているお席の角度とか
その回その回時々で演技も違うだろうけれど


死に際した時
中川ビクターに対してのアンリは二人とも逃げたように感じた。
残ることよりも死にたい。

でも柿澤ビクターに対してのアンリは
死ぬことによって生き残ろうとしているように感じた。
小西アンリはビクターの研究の中に
そして加藤アンリはもう一人の自分として。




そしてビクターも
アンリの首に対しての振舞いから
アンリを自分と同一視しているように感じた。



中川ビクターと小西アンリは
二人とも現実から逃れたところにいるように見えて

柿澤ビクターと加藤アンリは
絶望の中に立ち続けているように見えたから

柿澤×加藤回
ヘビーだろうなーと観る前から思っていたのだけど


お互いに相手を自己同一視しているように感じるとは
まったく予想していなかったので
千秋楽にしてまた新しいフランケンシュタインに出会えたことは
驚きでした。





ビクター
アンリの首が欲しいという
その欲求が前面に出てた。


「あなたアンリの首が欲しいの?」に対しての
「そんなわけないだろう」が
『欲しい』をまったく隠せてなくって。


欲しいけど死んでほしくないとか
死んだら自分が生き返らせればいいとか
そういう色々な気持ちが混じっているとそれまでは感じていたけど

この時は
色々な気持ちはあるけれど
だけど『欲しい』と
その強い気持ちを感じた。


卵が先か鶏が先か。


死んで欲しくない。
首が欲しい。



でも殺すのはダメだ。

だから彼は止めに行く。



葬儀屋が殺人を犯して激昂するのは
生命を作り出す以上に
生命を守ることを大切に考えているから

 といって葬儀屋は殺してしまうんだけど
 それは怒りに我を忘れてしまったから

アンリが死ぬことについて
首と死とを秤にかけようとしてしまうところに
アンリへの自己同一視があるのかなと思えて

親友というよりも
自分自身のように感じるからこその想いのよう。




それにしても
ルンゲがビクターを止めに来るのは
エレンにひきづられてるのもあるとは思うけど

今までだって死体を生き返らせようとしてたのにね。
知り合いの死体になったら反対するんだね。


それはもう研究じゃないと感じたから
、、なんだろうね。



でもむしろビクターは
その為に研究していたのに。








怪物はアンリなのか。



怪物はアンリの記憶はないかもしれないけど
でもこれはアンリだ。

はじめてそう感じた。





アンリは絶望の中で迷子になって
泣くことも出来ずに苦しんでいたけど

今は絶望に泣き叫ぶことが出来る。




アンリにとってビクターが自分自身であったように
怪物にとってもビクターはたぶん自分自身

だから復讐の為に自分と同じ孤独を味わわせるというけれど

むしろそれは
自分自身だから自分と同じにしなければと

ただそれだけのようにも感じた。






ビクターは逃げた怪物をやはり自分自身と捉えていたのかな。

生命の創造に絶望して
それでも立っていられたのは怪物=アンリ=もうひとりの自分がどこかにいるから

自分の中にはもう自分はいない。

見えないどこかに自分がいる。

自分の中は代わりにジュリアへの愛で埋めて。



柿澤×小西で初めて柿澤ビクター観た時
二幕のビクターは抜け殻のようになっていた。

だから今回もそんなビクターが二幕にいるのかなと思っていたら
全然そんなことはなくって


フランケンシュタイン
まったくリピート感がなかったです。

毎回違うフランケンシュタインの世界でした。






怪物がビクターの前に現れて

ずっと探していたもうひとりの自分と思っていたものが
見知らぬものになっていて

真っ白になったビクターは
エレンの死に際して
幼い頃と同じ道を辿る

拒絶する





自分がこれを招いたのだ。

それは怪物を産んだからというよりも
怪物は自分だからというような。









彼は怪物に殺されたかった。

アンリを殺してしまった自分。

だから今度は自分が殺される番だと信じているみたいに。












ダブルキャスト
組合せ違いの楽しさ

舞台は何回観てもやっぱりその一回一回が違うものだという楽しさ

それから
キャストとキャラクターとのメタな印象による新しい感情


曲の美しさ
舞台の景色の美しさ



観る前はこんなにも色々なものを味わわせてくれるとは思ってもいなかったです。


欲を言えば、もう倍観たかったというのもあるけれど
観れて幸せでした。




きっと再演あるだろうな
でも再演行きたいかというと、、、


いやだってやっぱり重いし辛いしなーとかね。

思ったりもあったり。




うん。



この舞台もっと観たい!と思って
チケット増やせるってホント幸せ。


今年まだ舞台フランケンシュタインしか観てないw



フランケンシュタインにいっぱい浸かれて楽しかった。

舞台自体も
舞台を観に行くタイミングも
色々な意味で楽しめた作品でした。

幸せです。

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