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ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」を観てきました

Category: 観劇感想   Tags: ロミオとジュリエット  大野拓朗  馬場徹  矢崎広  小野賢章  

ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」
 2月26日昼夜公演を観てきました。

今まで私のロミジュリの解釈は
とてもとても狭くて

だからなかなか
しっくりくるロミジュリに出会えなかったのだけど


この公演観て
ちょっとだけロミジュリの世界が広がりました。







ロミジュリでいつも思うのが
ジュリエットはなんでロミオについて行かなかったのか。



この疑問への私なりの折り合いは
ジュリエットは子供だから。

そもそも家から出るという発想がない。

そしてロミオへの愛と同じように家族への愛もあり
家族を捨てるという決断が出来ない。


結局神父様に促され
最後にはロミオと家を出る決意をするわけではありますが
自発的ではないんですよね。

神父様に勧められたから。

もちろんロミオがいない日々を体験することで
家族よりもロミオを選ぶという気持ちが強くなった
というのもあるとは思うけれど

最期はロミオの死に絶望して自らも死を選ぶけれど
これも愛ゆえに、というよりは
もうジュリエットには行き場所がないから。

自分は死んだことになっているからもう家族の下には戻れない。
けれど自分を連れて行ってくれるはずのロミオは死んでしまった。
ジュリエットには死を選ぶ以外に選択肢はなかった。



ジュリエットは
剣で自らを貫くという死に方をすることもあってか
強い女性という解釈もあるけれど

弱いからこそ死しか選べなかった。
死しか選べない状況に陥った。


と、いうのが私のロミジュリの解釈。



ジュリエットが強くあると
どうしても
なんでロミオについて行かないの?という違和感が強くなってしまって
この解釈以外に折り合いがつけられずにいたのです。





  ロミオがジュリエットを連れていかないのは
  自分は追放される身なので
  ジュリエットを巻き込めないというのもあると思うので
  疑問は覚えないのですけれど。





でも
ロミオが追放される日の夜
神父様がロミオに
ほとぼりがさめたら呼び戻せるように働きかけるから
というような声をロミオにかけていて


そうか。そういう計画があったのならば
ロミオもジュリエットに待っていてと言えただろうと。


ジュリエットがついて行かないことへの違和感が消えました。


  ただ夜公演はこの流れがちょっと違ったので
  あれ?と思ったけど。



特にこの公演でのジュリエットの家族は
ジュリエットから見てあんまり魅力的な家族じゃないんですよね。


母は娘への嫉妬を隠そうとしないし
本当は娘を愛してるのだけどそれを自分自身も忘れてしまってる。

この家族だったら捨てれるじゃんと
ますますジュリエットが出て行かなかったことへの違和感を抱きそうな設定だから
ジュリエットが残ることの必然性は大事。




ジュリエットは秘密でロミオと結婚して
だから他の人と結婚するわけにはいかない。

だけど秘密を話せない。

だから神父様に相談して
神父様もそれを周りに話せない。

だから死んだことにして逃がそうということになるけど


話せない理由
親の庇護下にある身だから怒られる(という言葉では軽いけど)のが怖い。
そしてやっぱり両親を悲しませたくない。


でもこんだけ母から敵意を見せられたら
隠す必要なくない?そうすると物語が上手く進まないなーと考えていたところ

両親はロミオとの結婚を既に知っていて
知っているけれどジュリエットに他の人との結婚をさせようとしているという流れ。



なるほど。
これだったらジュリエットが強くとも物語は終息へと転がっていける。


ただ、本来は
自分がロミオとジュリエットの結婚式を挙げたことを公に出来なくて
公にしないまま状況を収めようと画策した弱いロレンス神父が
二人の結婚が公になっていることで二人の死への責任が薄れているけれど。



モンタギューとキャピュレットが争いを止める要因は
ロミオとジュリエットが死を選ぶしかなかったという現実を見て
ということが大きいけれど

ロレンス神父様が自分の弱さを告白したことも
それを促す要因になっていると思っていたので

ロレンス神父の懺悔がないもの観て

ラストの印象がかなり変わりました。



愛が物語の中心に常にある舞台でした。




舞台の始まりは「死」

様々な死が舞台上に映し出され
積み重なった死の先の世界なんだなと感じた。


愛は陰に追いやられ
救いにはならない世界。

愛から生まれるのは嫉妬や寂しさ。


そこで愛が救う世界を作りたかったのかな。





にしてもこの舞台
キャピュレット家のキャラ設定が振り切れてますよね。

ティボルトってもしかしてジュリエットのことが。。。みたいなのは
感じる舞台ありますけれど
これだけ彼女への愛をあからさまに出してて
キャピュレット夫人のティボへの愛もそうだし、

その辺りの愛憎をマックスまで膨らませて見せてる感じで
なかなかに気持ちいい←


救われない愛の世界をキャピュレットが作り上げてます。





モンタギューサイドでは
マキューシオ特に小野マキューシオのロミオへの気持ちが痛かった。


ロミオとジュリエットの結婚を知った時の捨てられたような顔。



ティボルトとの乱闘。
ロミオが身体を張って二人の間に割り込んできて

だから刺されたんだけど

でもロミオに
捨てられてなかったと分かって安心したように見えた。



マキューシオがモンタギュー方なのって
家柄故じゃなくってロミオとの友情故なんだよね。


 家柄故だったら大公がモンタギューってことになっちゃうものね。


家柄ではなくて友人のためにモンタギューのリーダーのように振る舞う
彼の孤独と友情への執着が切なくて泣き通しでした。





ベンヴォーリオ。
馬場ベンボはフラットな印象。
矢崎ベンボは揺れ動いている印象。

マキューシオが死んで
ロミオは出て行き
誰もいなくなってしまって自分ではみんなを押さえられなくて

矢崎ベンボは
自分こそロミオのところに逃げたみたいだった。





今回大野ロミオ観てこういうロミオがあるのか!と衝撃を受けるとともに
今までロミオに感じていた違和感がなくって
これがロミオの正解かもと思った。


 正解というのは私の狭い解釈でのロミオのという意味で。


こんな天真爛漫なロミオ初めて観た。




ロミオって自分の中で人物像があまり描けないキャラクターで

というのは

(この公演では出てこないけど)
ロザラインに恋い焦がれていたのに今度はジュリエット
恋多き男なのかなーという印象もありつつも
真面目な大人しい男性という印象も強く
両家の争いに心を痛める風もあるけれど強く働きかける感じでもなく
だけどモンタギュー家の中心人物でもあって。

一途なのかそうではないのか。
強いのか弱いのか。

人物像がふわっとしてるなーと思っていて


だけどかっこよく
強く描かれる傾向がやっぱりあるから
その優柔不断さが上手く消化出来ないキャラクターと感じがちだったけど


この夢見がちな天真爛漫なロミオなら
その辺りを全部呑み込んでくれる。



いさかいは止められると信じてる。
というか楽観してる。

現実と向き合え切れてないロミオ。



この脚色だからこそのロミオではあるかもだけど
新しいロミオが観れてとても良かった。






それぞれのキャラクターの感想とか
観てからちょっと時間も経ってしまって記憶があいまいなのですが
少しのことで見え方がとても変わると改めて実感出来た舞台でした。




世界の王をはじめ
大好きな曲をいっぱい久々に聴けてとても楽しかった。

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