日本のゲーム機

「ハムレット」を観てきました。

Category: 観劇感想   Tags: ハムレット  内野聖陽  北村有起哉  國村隼  

「ハムレット」
 4月8日プレビュー公演を観てきました。 

王も王妃もちょっと記号的に見えるなーと思いつつ最後まで観ていると

ホレイショーが一人残ってしまうところで
それまで外側にあった世界が全部ホレイショーの中に戻って

そうか、この記号のように感じたのは
ホレイショーから見えた姿かと色々納得。


直接姿を見ることも稀な王や王妃が
記号のようにしか彼の中に残っていなかったということかな。



そして先王とクローディアスが同じ役者というのも
ホレイショーからは
先王も現王も同じようなものと見えているみたいでおもしろい。



ハムレットは先王を絶賛しているけれど
息子に復讐させるような人物なわけだし、
そもそも兄弟だから
もしかしたら国民から見たらそんなには変わらないのかも。


先王の亡霊とクローディアスが
同じ役者ということで
亡霊は「弟から見た兄」の姿にも感じる。


それは弟が兄の亡霊を形作っていることでもあって
色々混ざりあって妄想のし甲斐がある。



ハムレットとフォーティンブラスが同じ役者なのも
お互い褒め合ってて 笑

ハムレットが憧れを抱いたフォーティンブラスになり
そしてフォーティンブラスはハムレットを褒めたたえる。

この構図は思っていたよりも(自画自賛っぽさが強くて)気持ち悪くて良かった。


そしてこの形にはホレイショーのハムレットへの愛を感じるね。


フォーティンブラスがハムレットなら良いのにという
切ない悲しさが見える。




「あとは沈黙」→ ばたっ(死) のとこも
ホレイショーの回想と思うとしっくりきて
特にあそこでこれはホレイショーの思い出なんだなと気づく気持ちになった。


そこまでも装飾過多っぽいセリフが続くけれど
まるでト書きのようなことをしゃべって死ぬというシチュエーションは
すごくお芝居っぽくて
 (お芝居らしいという意味じゃなくって現実ではないだろうという意味で)

でもそこはすごく好きで。

舞台上に客席を設置して、出番外の役者も舞台上の見える位置に待機する形式で
舞台上に更に舞台を設置するという
お芝居であるということを強調した
作中作のような雰囲気を作り出していたものが
その場面ですごく活きてくるというか

ここの為に全てがあった感じがすごく好き。



たくさん人が死んでホレイショーが残った。というよりも
いっぱい人がいたと思っていたのに
ホレイショー一人だけだったんだという寂しさを残して
お話は消えて行った。
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